15年ほど前のある日、グランビルアイランドのパブリックマーケットを歩いていると、Oyama Sausage Co. という看板が目に入りました。オヤマさん?オオヤマさん?オーヤマさん?日系人の店?と興味をひかれ近寄ると、ショーケースに並ぶのは多種多様なハムやソーセージ。そのほとんどが見たこともないもので、名前もドイツ語だったり、フランス語だったりで、なかなかすんなり読めません。



へえ~と眺めていると、「サンプルはいかが?」とお店の人がお皿を差し出してくれました。その笑顔にうながされるままハムを一切れもらって口に運ぶと、あらら、美味しいじゃない! スーパーのデリで売られているハムはどうにも塩辛く、舌に添加物のかすかな苦みが残るので買いませんが、これはまったくの別物。肉の風味が生きていて、濃厚な旨味がじわじわと口中に広がります。

笑顔の素敵なその女性はオーナーの奥様クリスティーンさん。ご主人のヤンさんはドイツのバイエルン州に5代続くソーセージ製造業の一族の出身。ドイツは職人の地位を重んじるお国柄。専門学校に通いながら5年以上修行して資格試験に合格すれば、技能と理論を身につけたマイスターの称号が与えられ、プロの職人として独立することができます。ヤンさんもマイスターになったあと、ドイツ、フランス、ルクセンブルク、オーストリアで技術を磨き、カナダに移民してきました。



定住先を探している時、BC州オカナガン地方のカラモーカ湖畔の町オヤーマが気に入って店を構えました。大量生産のハムやソーセージが幅をきかせる北米で、あくまでも手作りの少量生産にこだわり、味のいい地元の豚肉や牛肉、ハーブ、スパイスを駆使して、伝統的なヨーロッパの味を作り続けました。その頑固な姿勢がプロの料理人にも知られ始め、バンクーバーやシアトルからも注文が入るように。

レストランや顧客の熱い要望にこたえるため、2001年6月、バンクーバーのグランビルアイランドに店舗を移転。「故郷のソーセージが食べたい」「アルザスで暮らす母が作るようなパテがほしい」というような特別注文に応じるうちに増えた製品は300種類以上。ただし、一回の製造量を少なくして常に新鮮な製品が並ぶようにしているので、一部の定番を除き、一度買ったソーセージが次の時もあるとは限りません。中には熟成に一年近くかかる製品もあるとか。



ハムの定番、ブラックフォレスト Black Forest やスモークターキー・ブレスト Smoked Turkey Breast は、塩加減がちょうどよくて、いやな後味がありません。オーガニックのローストビーフもサンドイッチにぴったり。私の好物は、端の白い脂身に甘みがあって最高に美味しいジャンボン・デ・ゼーム Jambon des Aimes です。



特筆すべきはサラミの種類の多さ。まるで聞いたこともないような製品がずらりと並びます。おすすめは、田舎風サラミ Saucisson Sec de Campagne とヘーゼルナッツ入りのサラミ Saucisson Sec aux Noisette ですが、どちらも一度売り切れたら次は半年後にしか登場しないので、つい買い占めてしまいます。



ハムと違って塩分が多く水分が少ないサラミは、どれも冷凍保存が可能。多めに買って冷凍しておけば、急なお客様の時にも自然解凍してすぐに出せるので便利。混んでいない時は試食も可能なので、味見したいものがあれば気軽に頼んでみてください。



生ハムといえばイタリアのプロシュート・ディ・パルマ Prosciutto di Parma、通称パルマハムが有名ですが、スペインのハモン・セラーノ Jamón Serrano も脂身の甘さとほどよい塩味が抜群。これにイチジクや洋梨を合わせて食べると究極の美味しさです。



パテやレバーペーストも全部手作りで、毎回行くたびに違った種類が並んでいます。私のお気に入りはクリーミーなパテ・ノーマンド Pate Normand。リンゴが刻み込まれ、ほんのり甘くて食べやすいパテです。鴨と豚のリエット Duck & Pork Rillettes は定番商品。バゲットに塗って食べる旨味の濃いペーストで、これとサラダがあれば立派なランチになります。



鴨のコンフィ Duck Confit は、鴨の骨付きもも肉を自然塩とハーブで漬け込み、鴨の脂で煮て長期保存したもの。オーブンで焼き直すと、肉が骨からほろりと外れるほどやわらかくなります。高級レストランのメニューでよく見かけますが、このフランス伝統の保存法をしっかり守っているところは少ないとか。



注文して包んでもらったものとは別に、ターキーソーセージ Turkey Wiener やペパロニソーセージ Pepperoni Sausage を買って、食べながら買い物を続ける人もいます。加熱調理したソーセージはすぐに食べられるので、テラブレッドのパンと合わせて簡単なランチにするのもいいですね。

また、オヤーマはカナダ産チーズの種類が豊富なことでも有名。チェダー Cheddar やモッツァレラ Mozzarella、サンドイッチに最適なハバーティ Havarti は、頼めば薄くスライスしてくれます。ハムやチーズの値段はグラム表示ですが、枚数で注文することも可能です。



グランビルアイランドのマーケットはいつも混んでいますが、朝一番か夕方なら比較的ヒマなので、あれこれ試食する余裕があります。定番のハムやソーセージからちょっと冒険して、新しい味を開拓してみましょう。

ご旅行中で、肉製品は日本に持ち帰れないけど、ちょっと食べてみたい!という方は、↓このツアー↓なら日本語ガイドがお買い物のお手伝いもいたします♪

てくてく歩いて見どころ観光♪
お散歩バンクーバー

ブリティッシュコロンビア州 オヤーマ



オカナガン地方にあるカラモーカ湖畔の町オヤーマの名は、日露戦争(1904~05年)で勝利した大山巌陸軍大将にちなんで名付けられました。

スコットランド出身のアーバイン一家がこの地に移住したのは1904年のこと。1906年に長男のヘンリーが初代郵便局長に任命された時、母エリザベスの提案で OYAMA と局名を登録したのが、そのまま町名になりました。

当時、英国と同盟関係にあった日本が、世界一の超大国であったロシア帝国を打ち破った知らせは、カナダの小さな田舎町にも吉報として届いていたのです。

ちなみに、まったく同じ頃、遠く離れたオスマントルコの人々も、東洋の小国である日本が宿敵ロシアを破ったと聞いて、東郷平八郎連合艦隊司令長官の名にちなみ、イスタンブールの通りの名をトーゴー TOGO と名付けています。それだけロシア帝国は世界にとって脅威的な存在だったのですね。